文学レビュー『ブラン・マントー通りの謎』(ジャン=フランソワ・パロ)

フランス発のミステリーをご紹介します。

『ブラン・マントー通りの謎』(L’Enigme des Blancs-Manteaux)は、ジャン=フランソワ・パロ著のニコラ・ル・フロック警視シリーズの第一弾にあたるものです。

なんと、舞台は18世紀中ごろのパリ。
ルイ15世とポンパドール夫人の時代ですね。
フランス革命が起こるよりも数十年前、マリー・アントワネットが嫁いで来る前です。
まだ王には絶対的な権力があったものの、少しずつ、革命の火種も見え隠れしている、そんな不安定な社会を背景に、若きニコラ青年が、警視として謎を解決していくというシリーズです。

ブルターニュはゲラント生まれ、捨て子のニコラは、名付け親のランルイユ公爵の口利きで、ド=サルティン警察総監のもとへ出向き、見習い司法秘書としてパリで暮らすことになる。
しかし、養父の危篤で一時帰省していた間に、上司のラルダン警視が行方不明に。
ニコラは警察総監から警視として重大な権限を与えられ、ラルダン警視の捜索を行うことになる。ただの失踪かと思いきや、そこには国家を揺るがす事件が隠されていて・・・。

時代は18世紀ですが、しっかりとしたミステリーです。
まだDNA鑑定どころか、指紋鑑定もなかったであろう時代に、ちゃんと我々現代の読者も納得がいくような謎解きをしてくれます。

それでも、その時代の服装や料理、街並み、国家情勢なども鮮やかに描写してくれているので、歴史小説としての楽しみも加えられています。
それに、警察が舞台ということで、同時代の残酷な拷問や処刑方法、コンシェルジュリーやバスチーユ監獄、モルグ(死体置き場)といった華やかではない部分も、リアルに紹介されています。
実在した死刑執行人までも、生き生きと登場します。

謎が解けそうになるとキーとなる人物が命を絶ったり、容疑者が無罪にも有罪にも見えたりと、本格ミステリーの醍醐味満載!
関係者を一堂に集めて探偵役が謎解きをする定番シーンも忘れらていません。

謎や歴史描写も素晴らしいですが、主人公ニコラのキャラクターも魅力的です。
まだ20歳そこそこ、故郷に愛する幼馴染の女性がいるものの、パリでは火遊びも忘れない。
仕事には真摯に向き合い、青臭さを残しつつもしっかりとした思考と気品を持って、人々を惹きつけ、謎を解明していく。
一人で考え込むことが多く、自分を客観的に観察してしまう性格とのことですが、彼の考えていることを読者は読むことができるので、その人間らしい、いえ若者らしい部分も彼の魅力として伝わってくるのです。

この一冊の中でニコラは成長していき、物語の終盤では彼自身の秘密も明かされます。

この小説、もちろん日本語で読んだのですが、訳がすごく工夫されていると思いました。

まず、和製英語がほとんど出てこない。つまり、カタカナで書かれているのは固有名詞とフランス語のみ。現代で普通に使われている英語の単語は、なるべく日本語にしてあるようなのです。
たとえば、シーツは敷布、ポケットは隠し、ペーパーナイフは書刀、ブーツは編み上げ靴といった具合です。

そして、注釈が単語のすぐ後に簡潔に入っているので、物語のリズムを崩しません。
多くの文学では註は本の最後の方か、章の終わりにまとめて入っているため、いちいちページを繰ったり戻したりするものですが、この本ではそんな必要がないのです。
原注か訳注かが分からなくはありますが、ミステリーですし、そのまま読み進められるのはありがたいですね。

このシリーズ、原書では12冊ほど出ており、France2でテレビドラマにもなったそうです。
日本語版はランダムハウス講談社から3冊出版されました。
ただ、ランダムハウスと講談社の提携が解消され、武田ランダムハウスジャパンが倒産してしまったので、今後どうなるのか大変心配です。
多くの図書館にはあるようですので、手に入らない場合は借りてみましょう。

どうか、続きが翻訳されますように。
そう願ってこの記事を書きました。

★ニコラ警視の事件簿シリーズ 邦題
『ブラン・マントー通りの謎』
『鉛を呑まされた男』
『ロワイヤル通りの悪魔憑き』
(いずれも吉田恒雄 訳、ランダムハウス講談社刊)

★ジャン=フランソワ・パロ&ニコラ・ル=フロックの公式サイト(仏語)
http://www.nicolaslefloch.fr/

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