
2002年、ゴンクール賞を受賞したパスカル・キニャールの『さまよえる影』。
これは、「最後の王国」と題された3部作の1作目に当たるそうで、小説でもエッセイでもない、独特の語り口の作品です。
訳者あとがきでは、断片集、もしくは断章集となっています。
確かに、長くても数ページ、短いとたったの1文が1章を成し、全55章の断片が集まった形式なんです。
時に古今東西の歴史の名場面や人物、時に世に対する批判らしきもの、時に自己啓発的な振り返り。
キニャールの中から出てきたまとまりのない文章かと思えば、同じモチーフが繰り返し出てきたり、ある程度ストーリー性があったりもします。
描かれているシーンは、彼の生い立ちと重なる部分もあるし、出てくる人物達はおそらく何かのメタファーになっているのでしょう。
一見、哲学的で難しいように感じるかもしれませんが、文章自体はそれほど難解でもなく、理解は追い付かなくても、ページを繰る手は止まりませんでした。
確かに、これらの「断片」を、自分の中に落とし込むのはなかなか大変。
でも、読む進めるうちにふと、自分がいつも思っていることの一部に紐づいたり、気づきがあったり、歴史に思いを馳せることになったりと、読書なのに不思議な体験ができるのです。
日本で起こった大事件や、レジェンド的日本人についての言及もあり、親しみを覚えるとともに、キニャールの知識の深さ、広さに唸ってしまいます。
良く分からないところはそのままに、とにかく読んでいくと、不思議な読後感を得られること間違いなしの稀有な作品ですよ。
★『さまよえる影』
パスカル・キニャール 著 / 高橋啓 訳
原題:Les Ombres Errantes
出版社:青土社
発売日 : 2003/8/1
ISBN:978-4791760619
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