文学レビュー「アダムスベルグ警視シリーズ」(フレッド・ヴァルガス)

フランスのミステリー小説界で、現在、女王の座に君臨しているのが、フレッド・ヴァルガス(Fred Vargas)ではないでしょうか。

「アダムスベルグ警視シリーズ」と、「三聖人シリーズ」が、次々と日本語訳化されています。

フランスのミステリー(ロマン・ポリシエ)といえば、真っ先に思い浮かぶのがジョルジュ・シムノン(1903-1989)のメグレ警視シリーズですよね。
シムノンはベルギー人ですが、メグレ警視はフランス人で、1930年代~70年代のパリを舞台に活躍します。
現在でもパリ警視庁のあるオルフェーヴル河岸なんかが出てくると、ちょっとにんまりしてしまいます。

さて、現代。
ヴァルガスが生んだ新しいヒーロー、アダムスベルグ警視は、警視庁ではなく、パリ5区警察署の署長さんです。
鋭い勘でもって、奇妙な事件を解決していきます。
事件については、もちろんすごく意外な筋書きがあって、読み応えがあるのですが、これは読んでいただくしかありません。

それよりも、ヴァルガスが書く登場人物達が、とてもキャラが立っていて、そこが内容に深みを出しているところが素晴らしいです。

アダムスベルグ警視は、普通の人のように筋道を立てて考えるということをしない人。
とにかく、己の勘に従って行動し、そして100パーセントそれが当たってしまうのです。

その警視の腹心の部下、ダングラール刑事は、逆にとても神経質な人。
警視の行動がさっぱり読めず、何を考えているか分からない(実は何も考えてない)ので、振り回されますが、それでも警視のことを信頼しているのです。
この刑事、実は5人の子供のシングルファザー。
どうも苦労人らしいです。

そして、アダムスベルグにとっての運命の女、カミーユが、このシリーズを盛り立てます。
カミーユは、いわばアダムスベルグのモトカノで、ある日突然姿を消してしまったらしいのですが、どれだけ離れていても、何年会わなくても、警視は彼女を愛し続けています。

でも、二人ともそれぞれ別に恋人はいるのですけどね。
恋人はいても、カミーユは恋愛に期待することをやめた女とのことです。
そして警視は嫉妬というものをしたことがない男。

第一作の『青チョークの男』では、事件とは無関係に唐突に警視のカミーユへの想いが描かれたりして、読み手としては何の意味があるんだろうと思ったりもするのですが、二作目の『裏返しの男』では、カミーユが中心となって活躍します。

二人の過去に何があったかは、今のところ詳しく書かれていませんが、複雑で、あいまいな恋愛事情はフランス小説っぽいかもしれません。

私なら、ダングラールを女性にして、頑張らせるのにと思ってしまいました。
カミーユは、事情は分からないけれど、アダムスベルグから去り、でも、『裏返しの男』事件では、都合よく彼に連絡をして協力してもらう。
二人には強力な絆があるのでしょうが、部下のダングラールのような、別の角度から絆の深い人を割り込ませてみたい気がするのです。

それに、第一作目では、アダムスベルグが事件の核心に迫る場所に行くとき、彼の膝に手を置いたりしていて(この状況、日本人の私には意味不明ですが)、とにかく信頼はしているようですし。

2作目ではちょっとしか出てこなかったダングラール刑事。シングルファザーというのもツボ。
彼のさらなる活躍を期待します。

それはさておき、ヴァルガスのもう一つのシリーズ、「三聖人シリーズ」も面白いです。
彼女の作品の邦訳は、今のところ、すべて創元推理文庫から出ています。
彼女はフランス国内のみならず、世界中で評価が高く、インターナショナル・ダガー賞を3回も受賞しているそうです。

フランス人女性が描いた大胆かつ繊細なミステリーたち。今後も新作が待たれますね。

★フレッド・ヴァルガス著作(現在邦訳刊行されているもの)
・アダムスベルグ警視シリーズ
『青チョークの男』『裏返しの男』『ネプチューンの影』
・三聖人シリーズ
『死者を起こせ』『論理は右手に』『彼の個人的な運命』
すべて創元推理文庫。

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