書籍レビュー『お風呂の歴史』(ドミニック・ラティ)

フランスの叢書、コレクション・クセジュ「Collection Que sais-je?」の日本語版が、白水社のクセジュ文庫です。
元がフランス語なので、フランスを中心とした歴史や文化を、ピンポイントのテーマから読み解いたシリーズとなります。

この『お風呂の歴史』は、生活史の中でも、古代から19世紀までの入浴や水浴びの歴史をたどったものです。
古い文献のみならず、当時の絵画や遺跡なども手掛かりとして、入浴がその時代にどのような役割を果たしていたのかを、かなり細かく教えてくれます。

一口に入浴と言っても、水風呂なのか温浴なのか沐浴なのか、熱湯なのかぬるいのか、個人宅のお風呂なのか公共浴場なのか河川での水浴びなのか、目的は治療なのかスポーツなのか、はたまた快楽のためなのか。
入る時間はいつがお勧めで、入浴に適した性別、年齢、性格、階級は?

時代によって、お風呂や入浴に関する傾向は全く異なり、非常に複雑なものになっています。
そこには、衛生の観念の移り変わりも絡まってくるのです。

古代ローマで大流行した浴場も、中世からはだんだんと廃れていったそう。
むしろ、入浴、いや、水に濡れる事さえも、危険だと言われた時代もあったり。
水よりも布を交換する方が清潔で、そこにペストが流行ったりすると、水を媒介しているせいだ! と、体を水やお湯で拭くことすらしなくなった時代もあったのです。

さらには、風呂で毛穴を開くと有害な空気が入り込むだの、垢こそが病気から体を守るのに必要だの。
今日の常識から考えると、いったい、どんな衛生状態に置かれていたのか、恐ろしくなるほどです。

逆に、浴場が閉鎖されていくと、裏でこっそり営業する場所が現れ、そこが娼婦の仕事場となったり、浮気相手との逢引の場所となったり。
そうすると、入浴はスキャンダラスだ!
風俗の乱れはけしからん、と、さらにお風呂が嫌厭されるという…。

一方で、マリー・アントワネットはお風呂好きで、入浴しながら客を迎えることもあったそう。
シャトレ公爵夫人は、男の召使の前でも平気で入浴したとか。
お風呂が秘めたるものだった時期もあれば、羞恥心からかけ離れた時期もあったのですね。

ただ、貴族や特権階級と、庶民とではまた、入浴に関する概念も違ったりするわけで。
この時代のお風呂の傾向はこうである、と簡単には言えないことが分かります。

私がお風呂の歴史に興味を持ったのは、フランスに住んでいた時、バスタブのあるアパートが非常に少なく、お風呂の習慣も日本よりずっと根付いていないことを知ったからです。

湿度が低いので、汗を流す必要は少ないとも言えるかもしれません。
でも、ヨーロッパの他の国の医師がフランスを訪れて、その衛生観念の違いに驚いたという記述が本書にもあるので、フランスのお風呂や衛生への観念は、やはり独特だったのでしょう。
シャワーの代わりに香水が流行った国ですから。

本書には、1850年の段階で、フランス人一人当たり2年に1度しか入浴していなかった、と書かれています。
19世紀末くらいから、ようやく水で身を清めることが衛生的に良いという考えが広まっていったようです。
とはいえ、この本の原書が発行された1996年前後の調査では、「シャワーにしろ風呂にしろ、ともかく毎日体を洗うというフランス人は40パーセントである」だそうです。

わが日本は、お風呂大国。
昔から、熱いお湯に体を浸し、汗を流して疲れを取る習慣がありました。
入浴という習慣に関しては、両極端だと言えますね。

本書のラストで、著者は「現代において、遠い古代の伝統を生かしているのは日本である」と、日本のお風呂の習慣を紹介してくれています。
夕方から夜中まで開かれている銭湯が、街のあちこちにあるというのも、フランス人からしたら驚くべきことでしょう。
この生活習慣違いは、文化交流のきっかけになりそうです。

今回は「お風呂・入浴」がテーマでしたが、こうした日常生活の一部を掘り下げて、そこから歴史を紐解いてみるというのは、非常に面白いです。

クセジュ文庫は読み切れないほど出ていますし、新刊も続々発行されていて、気になるテーマがたくさん。
またご紹介したいと思います。

※本書『お風呂の歴史』は出版社では品切れのようですので、図書館などで探してみてください。

★『お風呂の歴史
 ドミニック・ラティ 著/高遠弘美 訳
 白水社(クセジュ文庫)
 2006年
 ISBN:9784560508978

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