フランスでは、富裕層をのぞき、カップルは共働きが主流です。
日本よりはるかに男女平等が進んでいるこの国では、男女問わず、しっかりと仕事を持ち、キャリアを積むのがステイタスのようです。
だからといって、子供を諦めたりもしません。
女性は、出産後、わりとすぐに仕事復帰します。
そんな彼らにとって、頼れる存在がベビーシッター。
通称、「ヌヌ」と呼ばれる人たちです。
昼間の公園に行くと、ヌヌらしき女性が、複数の子供たちを世話したり、見守っている姿が目に入ります。
そんな「ヌヌ」をテーマにしたのが、この小説、レイラ・スリマニ『ヌヌ 完璧なベビーシッター』。2016年にゴンクール賞を受賞しています。
原題は”Chanson douce”、直訳すると、甘い(優しい)歌。
しかし、ちっとも甘くない内容だと思います。
小説は「赤ん坊は死んだ」という一文から始まります。
ヌヌが、自分が世話をしていた子供二人と、雇い主であるその母親を殺害し、自分も自殺を試みたという、衝撃的な内容なのです。
しかし、最初に事件のあらましが書かれた後は、雇い主のミリアムとポールが「完璧なベビーシッター」である、ルイーズを雇う場面にさかのぼります。
ミリアムは弁護士としてのキャリアを踏み出したところで妊娠。
子供を二人授かるものの、仕事をしていないことにコンプレックスを抱えていました。
そこに、昔の同僚から仕事の声掛けがあり、ベビーシッターを雇うことに。
複数の女性を面接した結果、選んだのは前の雇い主からも太鼓判を押されていた、ルイーズでした。
徐々に分かるのですが、ミリアムはマグレブ系で、ルイーズは白人。
これは、よくある雇い主とヌヌの人種とは真逆です。
ここに、やはりマグレブ出身である著者の意図が込められているのでしょう。
ルイーズは、子供たちに懐かれ、さらに家事も完璧にこなし、忙しいミリアムと夫のポールにとって、なくてはならない存在になります。
徐々にミリアム達家族に浸透していくルイーズ。
ミリアム&ポールも、「ルイーズは家族の一員」と言います。
が、彼らは雇い主として、実は一線を引いているのです。
ヌヌは、子供が成長したら必要がなくなります。
この家族と一緒に居たいと願うルイーズは、ミリアムに3人目の子供ができることを切望しますが…。
さらにルイーズを取り巻く環境は厳しくなっていきます。
亡き夫の借金がルイーズを苦しめ、ルイーズが借りている小さな部屋の家主も、ルイーズを追い詰めます。
少しずつ広がるひずみ…。
物語は、ルイーズとミリアム一家だけでなく、彼らに関係する他の人物のエピソードを盛り込みつつ、冒頭に起こる事件の日に少しずつ迫っていきます。
結局、ルイーズはなぜ、心を込めて世話をしていた子供たちを手に掛けることになったのか。
それは、「その日」に至るまでのルイーズを取り巻く人間模様と、状況を読み込むことで、読者自身が感じなければならないのでしょう。
日本ではあまり普及していないベビーシッターという制度。
忙しく働くカップルにとって、ものすごく便利に感じますが、家族の一員みたいで家族ではないという、とても複雑な関係が、現実的にも出来上がっているようです。
フランス社会にいる人でも、そうでない人でも、それぞれの視点で、この制度を考えてみるきっかけになりそうです。
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